これはエルシオン神父とにゃんこのアビスのおはなしです

不思議な猫「アビス」と生活をはじめて一週間経過した。

そこでわかった事がある。

猫のアビスの行動はたとえ私にとっては

人間の行動に見える事であっても周囲からは

猫がとる行動に見えるということ。

そして彼が話す言葉は、私以外の誰にも聴こえないと言う事。

つまり幻覚と幻聴の可能性すら出てきたという事だ。

ああ、確かにここ二週間位は睡眠は一時間程度だったかもしれない。

懺悔室で重い懺悔を聞き続けて、ちょっとだけストレスも

溜まっていたのかもしれない。

けれど、けっして、けっして疲れやストレスから来る幻覚や

幻聴などではない……と、思う……。うん。


「えるーごはんー」

「はいはい、今ご飯にするよ」


元気な足音に苦笑しつつアビス（猫）用の餌を作り始めた。

なんだかんだで幻覚や幻聴と思いたくないのは

もう彼に充分情が移っているからだろう。

楽しげに笑う私の顔を見てか嬉しそうにアビス（猫）は言葉を続けた。


「えるー」

「なんだい？」

「ままー」


………。

不意打ちよろしく、アビス（猫）から聞き慣れない言葉を聞いた。

……えっ、ママ？……生？……サンマ？

いや、確かにママといったが、親猫がやってきたとでもいうのだろうか。

むしろ親猫も一緒に捨てられてたと言うのならば……。

確かに子猫が呼ぶというのも有り得るかもしれない。

とりあえず、そのママを見てみようと振り返って……。


「エル、猫なんて飼っていたんだね？」



―――スプーンを落とした。









【とある日常】～エル神父とふしぎなにゃんこ～







「ままー♪」

「大丈夫、エル？　……それにしても、なんだかすごく人懐こい猫だね」


脚に擦りつくアビス（猫）にママ呼びされてるのは名前の元となった義弟だった。

楽しそうに笑ってはいる義弟。

だが猫の言葉が聞こえてしまっている私としてはなんとも言えない。

むしろ母親に間違われてるなんて言えない。

いや、むしろこの猫が私には義弟の幼少時に見えてること自体いえない。


「エル？　本当に大丈夫？」

「え？……ああ、うん。大丈夫だよ」


動揺を隠しながら微笑を浮かべてみる。

だが、やはり上手くはいかなかったらしい。

義弟はアビス（猫）を抱き上げると溜息を吐いた。


「まったく。エルは……また睡眠不足なんじゃないの？」

「えるー？　ねむいー？」

「………眠くないよ？　だから睡眠不足じゃないよ？」


とりあえずどちらの質問にも正しく答えてみた。

違和感は無いはずだ。そしてその仮定は正しかったらしい。


「眠くないのが睡眠不足でないって事はないよ。
　エルはちゃんと医療にも通じてるから安心していたんだけれどね」


深くため息を吐く義弟にはこちらの言葉の違和感は伝わらなかったようだった。

そんな中でもマイペースに尻尾をゆらすアビス（猫）は

義弟の頬にぺたぺたとさわっている。

彼が気付かないところをみると実際のアビス（猫）は

頬には触っていないということだろう。

明らかにアビス（猫）の正体が私の幻覚じみてきた。

私はその事に気が付くと、長い思案のあと決断する。


「わかった」

「エル？」

「今日は寝るよ」

「いや、明日以降も寝ようよ」



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