それは夏の風が吹き始める、とある日から始まる物語。

その日は何にもかわらない。
ただの一日だと思っていた。
そう、『僕』にとっては何も変わらない一日だと……そうおもっていた。

僕がいつものように授業をサボって木の上で眠っていると
不意に木の下から声が聞こえた。聞き間違えるわけがない。
最近、僕としてもわけがわからない対象になっていた
最愛の従兄……ティース・ハルモーニの声だ。

「シャルロット、こんなところにいたんだね」

「ティース？」

ふわりとやわらかい笑みを浮かべるのは確かにティース。
ティースのはずなのに……。
あの村にいたころの、ティースが一瞬脳裏をよぎり
僕は木の下へ飛び降りる。

「なにか、あったのかい？」

「うん。　僕、一度村に帰ることにしました」

「え……」

青ざめる僕に、ティースは「大丈夫」と笑う。

「死ににいくわけじゃないですよ。　ただ……『僕』にもやりたいことが
できたから……それを父様に伝えにいこうと思って」

「やりたいこと？」

「うん。　僕は……ちゃんと男の子として女の子を好きになりたい。
巫女としての理想を体現したような女の子じゃなくて
ただの女の子を。　そしてそのために、生きたい。ずっと。」

「………」

「悩んだんですよ。　これでも。　委員会とか選挙とか
いろいろありましたけど……でもその間にも皆変わって
いるんです。僕だけ変わらないのも嫌ですし……」

「いつ、いくの？」

「……今日、です」

「ははっ、随分急だね」

「いそがないと、夏祭りに間に合いませんからね」

「……なにそれ」

「今年の夏は、ちゃんと『僕』として回りたいですから」

「自己中……」

「ですよね。　本当に自分でもそう思います」

苦笑する彼に溜息を吐く。

「……帰ってくるんだね」

「ええ、必ず……」

「わかった。僕は此処で待ってる。
自分で作った場所も出来たし……ね」

「はい。みんなには風邪をひいたと誤魔化してください。
それでは……いってきます」

「うん、いってらっしゃい」



そして、僕の愛する従兄は旅立った。
一年前まで暮らしていた……あの村に。
祖父がどんな顔をするかはわからないけれど。


「……ふふっ。ああなったティースは頑固だしね」


ざまーみろ。
なんて、思ってしまった。

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