※たのしかった海の後、ローザはグレコニアにある実家に呼び戻された。
それは、未来への分岐点……

がたごとと、馬車に揺られて実家への道を進む。
馬車の中には一人の女性が座っていた。
彼女の名前はローザティア・エルプス。
希望の名を関する領地の、現当主である。
いや、当主というのもまた違う。
本当の当主である彼女の弟が昏睡状態にあるため
彼女は彼が目覚めるまで、という約束によって
当主の座に着いたにすぎなかった。

そんな彼女が領地に戻る理由。
それは実家から届いた一通の手紙によるものだった。

『領地周辺の地がモンスターに襲われることが多くなった。
ダーナや戦士達も奮戦してはくれているが、領主として
一度でも良いので士気の下がりつつある人々を
奮起させるため顔を出してほしい』

確かに、ここ２年、彼女は家に戻っていなかった。
デュルガーの進行、クリスマスの異変
月道の開放、グリーヴァの姫の来訪
さまざまな事態が長期休暇にかかってしまい
なかなか帰る機会が持てなかったのだ。
だが、手紙が来てしまったのであれば行かねばならない。
ローザティアはそっと学園を抜け出し
グレコニアへの帰途に着いたのである。

ほどなくして馬車の御者から領地に着くという声がかかる。
その声に一度目を瞑り傍らにあった剣を握った。
がたんと馬車が小さく揺れて、その車体を止めた。
扉が開かれるとドレスを翻し、颯爽と領地を歩いていく。
緩やかな傾斜の先にある邸宅。そこがエルプス領、領主の館だった。

「ただいま」
「おかえりなさいませ、ローザお嬢様」
「……フェリクスの様子……きかせて」
「はい。容態はとても安定しております。
いつ目覚めてもおかしくはないでしょう……それと」
「……？……」
「お父上の友人たるリースヴェルト様の甥に当たられる方が参りました」

そういって差し出された手紙を受け取る。
手紙の封は切られておらず名前も書いていない。
手渡しであれば当然なのかも知れないが……。

「………」

訴えるように老執事を見つめる。
彼はそれに答えるようにうやうやしく頭をさげた。

「金の髪と青の瞳の印象的な方で……。
……名は……そう、ルフテ様と名乗られておりました」
「……そう」

その言葉と共に手紙の封を開ける。
手持ちにナイフがなかったので剣で切ったのは気にしてはならない場所だ。
羊皮紙につづられた文字を追っていく。
内容としてはこうである。

『伯父はこの領地に向かう途中で奥さんと息子と共に消息をたった。
よければ探すために力を貸してほしい。肖像画を同封する』

手紙の他に入っていたのはこれだったのか。
ローザは目を細めて肖像絵を取り出し……そして絶句した。
そこに写っていたのは、金の髪の青年と……
性別こそ違えどかつて想いを寄せていた青年に瓜二つの……
赤子を抱いた女性だったのだから。





それから数日、ローザは領地内を見回り、礼を告げて回った。
考えたくなかったのだ。
告げれば彼がもっと遠くにいってしまうとおもったから。
そしてローレックへと帰る日の前日の夜……。
彼女はかつての惨劇以降、眠りについている弟の傍に居た。
とうとうローレックに帰ることになってしまった。
どうやって会えばいいのだろう。
彼に、どうやって笑いかければいいのだろう。
義弟で幼馴染な彼に。
考えれば考えるほど頭の中はぐちゃぐちゃになっていく。
そして、瞳からは涙が零れるのだ。

「どうしたら……いいの……っ」

その言葉に返答はない。
……その、はずなのに……。

「ねーちゃんの好きで、いいんじゃねーの？」

声が、聞こえたような気がして。
視線をベッドに移すと、そこには確かに。
呆れたように赤い瞳を此方にむけている、弟の姿があって。

「…………なんで、ねーちゃんがデカくなってんの？」

目を丸くする弟にローザは抱きついて。
泣いて
泣いて
泣いて
ただ、泣き続けて。
考えてたことも、今はどこかにいってしまって。



……ローザティアのローレック帰還は、もう少し後になりそうです。

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