消化中お題であります

一枚のCDをプレイヤーにかける。
すると直ぐに始まるバイオリンの静かな旋律。

目を閉じれば広がる情景。
こんな演奏が出来る奏者は世界に数人もいないだろう。
男はCDのケースの表面を静かに撫でた。
そこにはCDのタイトルと一緒に、この曲を奏でている奏者の姿が写っていた。
優雅な笑みを浮かべた奏者の名前は、風間命。

過去に突然の引退宣言で世間を騒然とさせた……若き天才ヴァイオリン奏者の姿であった。





「おかあさん、どこにいくの？」

少年がベッドから起き上がる。　
いつも忙しく共に過ごす時間も取れない義理の母。
病気の時だけはずっと一緒にいてくれるから、少年はなるべく風邪をひこうと頑張って。
高熱に浮かされた少年に、義理の母は困った顔で撫でてくれた。
だから今日だけは一緒にいてくれると思っていたのに。
少年……聖夜の言葉に、義理の母である命は申し訳なさそうにうつむいた。

「ごめんなさい。今日は抜けられない演奏会があるの」

「・・・・・・そう、なんだ」

「ええ。終わったら、終わったら、また暫く休みになるから」

「わかった。いってらっしゃい」

謝る命に、微笑む聖夜。
彼はまだ小学に上がったばかりなのに。
こんな表情を覚えさせてしまった自分がつらかった。
命は実家から付いて来てくれた執事に聖夜を頼むと
演奏会場に向かった。
そして……その演奏会によって、更に命の休みはなくなることとなる。

無くなった義母との会話
一人ぼっちで眠る夜

そんな時間にいつまでも少年が耐えられるわけが無くて。
『高熱で寝込んだ』　そう執事から聞かされ、休憩に
当てられた時間で家に戻った命が見たのは広いリビングで
アルバムを広げて眠る聖夜の姿。
おそらく泣きつかれたのかもしれない。
その瞼は赤く腫れていた。
アルバムのページには笑顔を浮かべる命の姉と
その腕で眠る聖夜が居た。
この子はこれを見て何を思ったのだろう。なにを感じたのだろう。
そっと聖夜の額を撫でてから命は瞳を伏せた。

『聖夜を、よろしくね』

そういって微笑んだ姉の顔が脳裏を過ぎる。
自分は今、姉にあったとして、胸を張って聖夜を育てたと
いえるのだろうか？
……そして、命は、一つの決断をした。


音楽雑誌に大きく取り上げられたその話題は
命の未来で聖夜に苦笑されるべき笑い話となり
音楽の世界では、天才がまた一人消えたと嘆かれる結果
となったのだった。


男のCDが止まる。
目を開き再びCDケースを撫でる。
そのCDは、引退直前の命が息子に対する愛を奏でたとされる
作曲までを手がけた曲が収められていた。
それは今は絶版とされ、希少価値が高いものとなっている。
そのCDの名前は「Holy　Night」
聖夜の名が……つけられていた……。




でも、それはきっと昔の話

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